黄昏の刻 第10話 |
「どうしてここに君がいる!どうやって入ったんだ!」 室内に入るとすぐに仮面を脱ぎ棄てたスザクは、目の前の女性に怒鳴りつけた。ここはゼロの執務室で、今間違いなく扉にはロックがかかっていた。ここに入れるのはゼロである自分と、ごく一部の従者だけ。だが、室内にはだらしない姿でソファーに寝転がり、悠然とピザを食べているC.C.がいた。 彼女は怒鳴るスザクの姿が面白いとでも言うように、口元に弧を描いる。 「それは、私がC.C.だからだ」 からかうような口調に、スザクの眉は寄っていく。 「答えになっていない」 この部屋は、最高のセキュリティが施されている。 ゼロであるスザクの正体を知られないためにと、ルルーシュが生前用意した部屋なのだから、その防犯システムは完璧だった。鍵とパスワードがなければ入室は不可能。C.C.は鍵も何も持っていないのだから、入れるはずがないのだ。 チラリと視線を窓に向けるが、開いた痕跡はない。 警備の者からも異常の報告は無い。 彼女はあの扉をくぐり、この部屋の中へと入ってきた事を示していた。 だが、どうやって。 スザクの問いかけに、C.C.は目を猫のように細めた。 「そうか?これ以上ない答えだぞ?」 パクリとピザを口にしたC.C.は、向かい側のソファーに腰掛けているルルーシュに視線で「なあ?それ以外にないだろう?」と訴えてきたので「馬鹿かお前はと」呟き、息を吐いた。確かに最高峰のセキュリティだ。ゼロの正体を秘匿するために最強の防壁を用意した。・・・とはいえ、それを用意したルルーシュの手にかかれば、このセキュリティはあってないような物だ。 端末さえあれば。 その端末をC.C.が運び、ルルーシュが端末を使い、開けた。 幽霊となったルルーシュを感知できるC.C.だからできる芸当だ。 だが、それをスザクに教える義理は無い。 「・・・それで?旅に出たんじゃなかったのか?」 もう戻ってきたの?と、あからさまに嫌そうな顔をしながらスザクは言った。自分が生きている間は、戻ってこなくてもいいのにと、無言のまま訴えてくる。 「いや、旅はこれからだ。この国で、あの店のピザを心ゆくまで堪能していたところだ。ああ、もう十分食べたから、今日明日にでも他の土地に移る予定だ」 「それはよかった」 スザクの心の底からの言葉に、C.C.は魔女の笑みを浮かべた。 こいつは嫌いだ。 互いにそう思っている者同士、友好的な会話など出来るはずがない。 しかも、二人の共通点であるルルーシュがいないのだから尚更だ。 C.C.にはルルーシュが見えても、スザクにとってはC.C.と自分、二人しかいない空間。だから彼女に対し、遠慮などする筈がなかった。 スザクはゼロレクイエムの間、友好的とは言い難いが、それでもC.C.に対して喧嘩を売るような真似も、敵対するような態度も取らなかった。 だから、ここまであからさまにC.C.を拒絶するスザクを見て、ルルーシュは驚き、目を瞬かせた。 「スザクが・・・あのスザクが・・・グレてしまった!」 愕然としながら呟いたルルーシュに、いや、違うだろうと突っ込みたいが、今ここにルルーシュはいない設定だからやめておいた。どうやらルルーシュは、憎しみの対象である自分以外には、さわやかな笑顔が似合う好青年だと思っていたらしい。どこまでこの男に夢を見ているんだと呆れてしまう。 この男が裏ではC.C.にどんな態度で接していたのか、ルルーシュの見ていないところで、どれほどC.C.を拒絶していたのか、醜いほどの憎悪と嫉妬の視線を向けていたか、それを見せることが出来てC.C.としては楽しい状態になっていた。 「C.C.、スザクは疲れているんだから、煽るな」 「私はお前に憑かれているが?」 何せお前、幽霊だものな。 ニヤニヤと笑うC.C.に近づいたルルーシュは耳元で囁くと、C.C.は楽しそうに目を細めながら囁いた。 「なら離れるか?」 別にいいんだぞ俺は。 C.C.に取り憑いているわけでも、大地に縛られているわけでもない。幽霊だから食事も水も睡眠さえ必要としていない。だkら、一人自由に動き回れる。好きなように、好きなだけ、好きな場所に。 「冗談だろう?」 独り言を話しながらくすくすと笑い始めたC.C.に、気色悪いと不愉快げに眉を寄せたスザクは、さっさと要件を終わらせ追い出すことにした。 「用件は?」 「用ならとっくに済んでいる」 「そう?それはよかった。ならさっさと出て行ってくれないかな。ゼロの執務室がピザ臭いのは問題だ」 「それは同意するぞスザク」 俺も何度文句を言った事か! 「煩い黙っていろ。・・・後で騒がれても困るから、待っていてやったんだ」 有難く思え。 ピザを全て平らげたC.C.は、指についた油をハンカチでぬぐうと、胸ポケットから目的の物を取りだした。 C.C.の指で摘み出されたもの。 その瞬間スザクは息を飲み、みるみるその表情を険しくしていった。 暗い光を灯した深緑の瞳はすっと細められた。それは殺気と怒りを露わにした目だった。 「その、万年筆は・・・っ!」 そうか、移動してたのは、君が原因なのか。 スザクはC.C.との距離を一瞬で縮め、手を伸ばした。 「これはルルーシュの遺品だ。返してもらう」 これを見せれば、スザクが取り戻すため手を伸ばすことなどわかりきっていた。だから素早く後退したC.C.は、万年筆を持つ手を掴まれないよう距離を取りながら、口元に笑みを浮かべ、ペンを軽く振った。まるで挑発するような仕草に、スザクの眉間には深いしわが刻まれた。 「C.C.!なんで挑発してるんだ!」 当初の予定では、旅に出ることをスザクに知らせ、後々スザクはペンが無い事に気づき、あの時C.C.が持ちだしたのか・・・!という作戦だったのに、どうしてお前までイレギュラーなことをするんだと、ルルーシュは慌てた。 力の差は歴然。 C.C.に勝ち目はない。 このままではこの作戦、失敗してしまう。 「それを返せ」 「返せ?何を言っている。これはルルーシュの物だ。お前のものじゃないだろう」 「僕の物だ!」 スザク、そんなにあのペンが気に入っていたのか・・・!確かに、このペンはいい。書き心地が非常になめらかで、インクの乗りも発色も最高だ。俺が選んだのだから当然だな。と、ルルーシュはここで完全に勘違いをした。 「違うだろう?ルルーシュの、物だ」 「ルルーシュは・・・もういない。だから、僕の物だ・・・!」 日本には形見分けというものがある。 だから、ルルーシュの遺品をスザクが持つのは、別にそう問題じゃない。 問題は、扱い方なのだが、この男は気づいていないだろう。 C.C.は鼻で笑いながら、空いている手をツッと上げた。 「理由にならないな。第一お前には、お前の唯一の主君が遺したペンがあるだろう」 C.C.が指さした先には純白の羽ペン。 ユーフェミアの遺品。 ルルーシュが殺した妹の遺品。 殺し殺された二人の遺品を一緒に置くなど、何を考えているんだか。 優しい優しいユーフェミアはともかく、泣きながら妹を殺したルルーシュがどう思うか考えてなどいないだろうな。 C.C.は嘲笑いながらペンを揺らした。 「お前にはそれで十分だ。これは、私の共犯者の物だ。だから私が貰う」 「・・・返せ」 「ルルーシュはお前にゼロの名と地位、そしてその仮面を残した。これ以上お前にやるものなど無いよ」 それだって、お前には不釣り合いの遺品だというのに。 語る声と言葉は余裕のある物だったが、じりじりと間合いを詰められ、気が付けばC.C.は壁に追い詰められていた。 数百年生きてきたことで、C.C.もそれなりに格闘技は出来るが、この男をいなせるだけの実力は無い。退路を断たれた以上C.C.に勝ち目は無く、スザクもそれを知っているからじわじわと追い詰めているのだ。 「それは、僕が貰うと決めたんだ」 「だから、盗んだのか。馬鹿な男だよ」 スザクの手がC.C.の腕をつかんだ瞬間。 C.C.は腕を通してショックイメージを流しこんだ。 たとえどれほど腕に自信があっても、魔女相手に武力は通じない。 人の身である以上、C.C.に勝つことは難しいのだ。 崩れ落ち、床に仰向けに倒れたスザクを見降ろしながら、ルルーシュは閉じかけている瞳を見つめた。どんなひどいイメージを見せられたかは解らないが、悲しそうに眉を寄せ、焦点の合わない深い緑色が、泣いているように見えた。 「・・・ペンは返してもらう。さようなら、スザク」 意識を無くし、完全にその瞳を閉ざしたのを確認してから、二人は部屋を後にした。 スザク視点での会話。 「いや、旅はこれからだ。この国で、あの店のピザを心ゆくまで堪能していたところだ。ああ、もう十分食べたから、今日明日にでも他の土地に移る予定だ」 「それはよかった」 スザクの心の底からの言葉に、C.C.は魔女の笑みを浮かべた。 「・・・私はお前に憑かれているが?・・・冗談だろう?」 独り言を話しながらくすくすと笑い始めたC.C.に、気色悪いと不愉快げに眉を寄せたスザクは、さっさと要件を終わらせ追い出すことにした。 「用件は?」 「用件ならとっくに済んでいる」 「そう?それはよかった。ならさっさと出て行ってくれないかな。ゼロの執務室がピザ臭いのは問題だ」 「煩い黙っていろ」 この言葉は、目の前のスザクへではない。C.C.はまた何もない空間へと顔を向け、不愉快げに言ったのだ。自ら魔女と名乗る不死者だから、普通とはどこか違うのかもしれない。 C.C.は、再び視線をスザクへと視線を戻した。 「後で騒がれても困るから、待っていてやったんだ」 ・・・うん、スザクが気味悪く思うのも納得。 時折スザクから視線外して、誰もいないソファーを見てたりもします。 |